Keys300回記念のエッセイは、近藤紘一書『サイゴンから来た妻と娘』(Keys68回1989年5月27日 藤井紀子さん幹事)を入り口にして、読書と故郷、本と家族を回顧する場とさせてもらった。500回記念のそれには、研究を通して出会った古い辞書たちと古書たちが紡いでくれた幸せを語りたいと思う。入り口は三浦しおん著『舟を編む』だ。
辞書編纂をフィクションとして描いた、三浦しおん著『舟を編む』(光文社、2011年)は、翌2012年に本屋大賞を受賞、Keys384回(2015年9月19日)の本として、勝野真紀子さんによってKeysにデビューした。辞書編纂という仕事は、徹底的に地味で、しかしことばへの尽きない興味と超絶的な根気を要する、困難極まりない玄人の世界だという私の思い込みに、「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という美しい解説は、ちょっとした衝撃だった。人はことばと生きる。辞書は私たちの人生の大航海に寄り添うことばたちを乗せた舟。辞書編纂はことばと人の大冒険なのだ。この小説は2014年には映画化され、馬締役に松田龍平、岸辺みどりに黒木華で、ほぼ原作通りの静かな感動を覚えたことを記憶している。2025年6月、『舟を編む』がNHKドラマ10に登場した。懐かしさで毎週録画して見ているが、辞書がほぼ全てデジタルになった今、紙の辞書を刊行することにかける情熱に小さな違和感を持った(第6回で刊行はデジタルか紙かの闘いが描かれた)。しかし、その小さなささりは、何年も何十年も使ってきた古い辞書たちのこと、出会い手元に来てくれた古書たちのことをフラッシュバックしてくれた。
小学校2年生くらいから中学校卒業まで、私は小さな国語辞書を使っていた。縦15cmくらい、横12cmくらい、厚さ3cmくらい、誰かのお下がりだったと思う。子供向けではなく、極めて薄い紙にびっしりと語彙が並んでいた。私の祖母と父の時事会話を聞き齧っては、知らないことばをその辞書で引いていた。引くたびに何でも判ることが素朴に嬉しかった。私の辞書の原点、青い塩ビの表紙はやがてはずれ、ピンクの紙のブックカバーをかけたが、そのうちにページもバラバラになっていった。もう手元にはないが、指に吸い付く紙の感触はまだ思い出せる。
修士課程に入り、英文研究室の古い巨大な木机の真ん中にOEDが逆さまに並んでいた。1冊が非常に重いOEDの合理的な引き方は、机の上に倒して引くのだ。ある日、正門の前にずっと昔からある古書店日比谷書店にふらりと入ると、OEDが130,000円で売られていた。このOEDを手元に置ければなんてカッコいいんだろうという衝動が走ったが、この値段は貧乏学生の私には厳しい。一晩考え、翌日また日比谷書店のOEDの前に行って自分の気持ちを確かめ、分割払いで購入した。店主がどうやって持ち帰るか聞くので、宅急便と答えると「せっかく大金はたいて買ったものは自分で大事に運んだほうが本も喜ぶ。タクシーで帰んなさい。」と言ってくれた。古書店の主の本への愛は直球だった。古書店は閉じたが主の慈しみを載せたOEDは、それから40年共にある。
修論のテーマは17世紀の形而上詩人John Donne、英文研書庫の中で研究書を探し歩いた。古い本を取り出してページを開くと、ページが袋状に綴じられたままだ。ページが開けない本とは?洋書古書では袋綴じのままがよくあり、購入した人が初めてページを切って読むのだ、ということを教えてもらった。遙か東洋の一隅の書庫まで旅してきたこの研究書は、100年以上も誰も開かず、私が栄えある読み手第一号なのだ、修士1年のこんな私がだ。古書の紙は割合肉厚なので、カッターで袋ページを切る時はちょっと緊張した。その後、袋綴じのままの洋書古書には何度も遭遇したが、その度に奇跡の邂逅に胸躍った。職について、同僚が理系の夫から聞いたという科研費に2人でせっせと申請して3年目、初めて科研費をもらった。種目は奨励研究、1年間で100万円だった。ウキウキワクワク、ほっぺたをつねって、天にも昇る気持ちだった。その予算で神田神保町にある英文学関係の老舗古書店北澤書店から、F. J. Child 編纂The English and Scottish Popular Ballads (10 vols) を購入した。チャイルド・バラッドは1965年にペーパーバック5巻本で刊行されていたが、オリジナルの10巻本を開いてみたかった。到着したチャイルド・バラッド10巻本の第1巻には一枚の紙が挟んであり、「初版 限定1000部」と記されていた。チャイルドはハーバードで約40年かけてこの編纂集を編み、1882年から1898年にかけて刊行していったが、10巻が揃った時に印刷された1000部のうちの1部が私の手元に来たのだった。畏敬の念に打たれた。と同時に、バラッド研究者には垂涎ものだが、売れる見込みは極めて少ない古書を入荷した北澤書店の買い付けの目利きにも感銘を受けた。バラッドに関わる書き物には、以来、必ずこのオリジナルの10巻本に誇りを持って言及した。科研費購入図書は図書館蔵だったので、当時の勤務大学が閉校し図書資料は全て元の短大図書館に移管されたと聞いた時は気が気ではなかった。1902年創業の北澤書店はネット購入の波を被って営業の形は変わったが、今も健在である。(二枚目の写真は北澤書店HPより)
科研費は継続してもらうことができ、1800年代の古書の購入も度重なり、ある時、当時の勤務大学の図書館は私が購入した古書を保管するスペースを確保してくれた。理由を司書さんが教えてくれた。古書は紙が作られた当時のヨーロッパの気候を映す。19世紀は産業革命を経て地球が天候不順になった時代、紙が作られた木が良質ではないため、19世紀の本は慎重な保管が求められるそうだ。私が嬉々として集めた古書は、プロの目で保管されていた。しかし、ある頃から大学図書館の蔵書放出が行われるようになった。九州工業大の知人は英文学関係の図書全てが廃棄されることに憤慨し、引き取って母校英文研に送り無料配布したこともあった。私の勤務大学でも、購入したどんな図書も消耗品となり、手元にずっと置けることになった。41×30×5cm、挿絵原画も色鮮やかなW. J. Linton著The Master of Engraving (1889)も、32×25×3cm、G. Eyre-Todd(私のお気に入りのスコットランド古代文学研究者)編 Ancient Scots Ballads (年代未詳)も無造作に私の部屋の本棚に置かれている。時々、早良区田隈まで運ばれてきた奇跡の生命をここで終えさせるのか、と痛烈な罪悪感に苛まれる。
古書を巡る幸せの締めくくりはお恥ずかしいエピソードで。研究仲間でバラッド詩データベース“The British Literary Ballads Archive”を製作したが、約800篇の作品収集はコンピューター検索時代の直前で、あれやこれやの方法で直接に資料を入手した。2006年2月、私はScottish National Library of Scotlandで残り約40編の虱潰しの作品調査をしていた。捻出できた期間は2週間、往復の時間を引けば10日で全て探し出したい。朝の開館から夜の閉館まで、目録で調べた書籍をリクエストし、Reading Roomで待つ私の元に届くと、見つかった作品のページに嬉々として付箋を付けていった。PC用電源タップを挟んだ向かい側の男性の視線を感じてはいたが、その意味を考える余裕はなかった。中二階でコーヒーとチョコバーで休憩して戻ると、飛んで来た男性司書に私はこっぴどく叱られた。「あなたは利用ルールを読んだのか。本館所蔵の書籍に、破る、書き込む、付箋紙を貼る、などの損傷行為は一切許されない。」利用ルールは自明のことと読んでいなかったし、付箋が損傷行為になるとは思いもしなかった。迂闊だった。書籍の無神経な扱いを私は深く深く反省した。猛烈に怒られながら、古書を尊ぶ場にいることに深い幸せを感じていた。スコットランド国立図書館は2025年に開館100年を祝う。
古い辞書たちと古書たちは幸せを紡いでくれた。Keysを通して500冊の本との出会いも「幸せを紡ぐ」の一言に尽きる。


