KEYSの歩み 
  一冊、そしてまた一歩

 本好きな者たちがいました。本もさることながら、本をネタにして酒を飲み、議論することが好きな者たちだったのかも知れません。

 毎月一冊、幹事持ち回りで本を選び、夜の店を選び、最初の頃は朝まで飲みまわって、「夜明けのコーヒー」を飲んで解散することがかっこいいと思っている集団でした。

 加わるも自由、去るも自由、各人己の鍵を持っているという自己責任が唯一の取り決めでした。

 ほとんど毎月休むことなく続いて、300冊を越える本を読んできたことになります。元のメンバーの中には亡くなった者もおり、これからも一人また一人と消えてゆくのかも知れませんが、恐らく最後の一人になるまでこの会は続くでしょう。その時、何百冊の本を読んだことになるでしょうか。

 このホームページは、その貴重な記録です。

2022年度読書会記録

2022年度
回/開催日/本/著者/店/幹事
471/ 20/12/22/『騎士団長殺し』 第一部の(下)及び第二部の(上)、(下)/ 村上春樹 /  山中光義
* 第二部のメタファーは作者の真骨頂、奇想天外の夢の世界です。これまでの経験や思いとの関連からなる道筋、最良のメタファーは最良の詩にもなる。一方、暗闇の部分も洗いざらい受け止めないといけない。暗闇と水の流れ、極端に狭い穴、これらの世界は母親の子宮と産道をイメージしているのではないか。生まれ変わった主人公は、別れた妻とその子どもとの家庭生活を営むことになる。そして、まりえは母親の衣服の中で身を守ることになる。特に終盤は、これでもかというほど母性への賛歌に溢れている。この小説の主題は母性だったのだと、産まれたての孫の世話しながら感じているこの頃です。 (N. N.)
* 2022年10月中竹さん幹事の時の第一部顕れるイデア(上)の時から架空と超現実の物語世界にぐいぐいと引き込まれ、一気に第二部(下)まで読み終わっていました。メインプロットは主人公画家の現実逃避の旅から始まり、別れた妻と向き合うまでの精神的な成長ですが、その過程に散りばめられたあらゆる仕掛け、雨田老人作「騎士団長殺し」という絵画、敷地内の裏山にある石室、そこから顕れたイデア「騎士団長」、謎解きに画家を導いてゆく現実離れして魅力的な免色氏、彼が実子であることを信じるまりえの手に汗握る免色邸探索、地下世界への旅、雨田氏の戦前の秘密の解明、そして4枚の絵画の創作と、現実と非現実の両方の世界に読者を自由に縦横無尽に連れ出す物語技法に圧倒されました。石室の謎と免色氏の正体を知りたかったという未練は残るものの、村上ワールドに心酔する人々の気持ちが垣間見えました。(H. N.)
* プラトン的「イデア」が作者の哲学だろうか? とすれば、「本当にこの世に実在するのはイデアであって、我々が肉体的に感覚する対象や世界とはあくまでイデアの《似像》にすぎない」と考えることになる。これは私が卒論の時に取り上げたテーマに繋がってくる。それとも、若い頃の私がかっこつけて、「虚実の間(あわい)に人生あり」と学生たちに言っていたような人生論なのだろうか。作者はどこまで行っても正体が掴めない作家だと感じる。 (M. Y.)
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470/  /11/22/『ひねくれ一茶 』/ 田辺聖子/  会合無し/ 金城博子
* 江戸の年中行事の火事をめぐって「焼けにけりさしてとがなき藪蚊まで」という作品に感銘を受けましたが、以前朝日カルチャーセンターで江戸川柳の英語翻訳を紹介する講義で、「雀の子・・・」をR. H. Blyth (1898-1964, イギリス出身の日本文化研究者)が ‘Little sparrow, / Mind, mind out of the way, / Mr. Horse is coming.’と訳した見事さに熱弁を振るったことを思い出しました。Blyth先生だったらこの「焼けにけり・・・」をどのように訳すだろうと思いを巡らせたひと時でした。(MY)
* 田辺聖子氏に描かれた一茶の俳諧行脚に明け暮れた生活、人との繋がりを大事にし、率直で朴訥な人柄などしみじみと感じながら読ませていただいています♪♪(NN)
* 有名な句から子どもや動物に優しい眼差し持つ素朴な人物と感じていた一茶の印象が変わる作品でした。才能も自負も野心も人一倍ありながら、信濃者(おしな)だから不器用だからとひねくれ、亡父の遺産を手に入れるまでしぶとく、孫を抱く年になって嬉々として若い嫁を抱くほど愛らしく、現代にも通じる人間らしさを感じました。一つ一つの句の背景を解説ではなく話の中で触れて、連句の仕組みなども多少わかったところが、他の小説とは違うおもしろさだったと思います。(HK)
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469/30 /10/22/『騎士団長殺し 第一部顕れるイデア』(上)/村上春樹/広東料理セッション/中竹尚子
* 「夢」に対する自分の異常な執着が何だか肯定されているようで、安心してどんどん読み進めることが出来た作品でした。(M.Y.)
* 面白いと思えれば、それでいい。アリスも穴に落ちました。ワクワクする、大人の読書にも、それがあっていいと思います。(T.W.)
* 私は作者の暗示、意図を感じ取るのが好きだが、村上春樹の不思議ワールドはどこまでも妄想が膨らむ。主人公は車で一人旅をし、雨田具彦の家で様々な体験をするが、この間、世間では引きこもりのようでも、彼は次々起こる不思議なことを真摯に受け止め、解決に向け「行動」しているのだ。「行動」を起こして次の課題が見えて来る。実はその繰り返しで、本来望む何かを掴んでいく。スカッとした物語でした。(N.N.)
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468/24 /09/22/『女のいない男たち』/村上春樹/会合無し/千葉敦子
* この作家は何故ノーベル賞を取れないのだろうかと思いながら、読み進めました。最後の作品の主人公が「自分がここでいったい何を言おうとしているのか、僕自身にもよくわからない。僕はたぶん事実ではない本質を書こうとしているのだろう。でも事実ではない本質を書くのは、月の裏側で誰かと待ち合わせをするようなものだ。真っ暗で、目印もない。おまけに広すぎる。」と独白する箇所があるが、案外これが解答になるのかも・・・?! (M. Y.)
* 男たちの悲しみや寂寥感が、それぞれの小説でありました。男たちにとっての女は、皆不可思議で囚われてしまう存在感。村上春樹の特徴でしょうか、現実と非現実の間にある不確かさが一層の神秘性を醸し出し、美しささえ感じます。現実世界では、彼女たちとは関わりたくないですが、惹きつけられるのは、男たちに対する作者の共感と愛情が溢れているからと思います。男の神秘ですね。(N.N.)
* 村上春樹はKeysで何度か取り上げられた作家ですが、イマイチ疎遠に感じていました。今回の短編集の「ドライブマイカー」と「木野」が、これが村上ワールドの感触かな、と感じた次第です。自分にも周囲にも心の襞をえぐらず適度な距離を保つ、それがもたらす傷と、そうする必然と、必然の意味を永遠に問い続けている人の性。(H.N.)
* 短編でありながら凝縮された村上春樹の独特の世界観で、女を失った男の心情、女が離れたことで失ったもの、共に過ごした女がもたらしたものが語られる。女の失った男たちの心象風景に出てくるエレベーターに水夫、アンモナイトにシーラカンスとか、唐突に出てくる音楽の話とかを絶妙と感じるか不安に感じるかは読者の好みによるかと思う。自分は後者の方。(H.K.)
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467/28 /08/22/『からゆきさん 異国に売られた少女たち』/森崎和江/海山邸 福鈴 西鉄クルーム店(ランチ会)/中竹尚子
*貧さ故の性をひさぐ職業の、近代史における展開の理由が炙り出されていた。天草の人々の気質まで掘り下げ、人としてのからゆきさんという存在が描き尽くされている。森崎和江さんの人への想い、そのことに感動。(H.N)
*この本は福岡日日新聞からの貴重な引用、証言に基づいている点で深い感銘を受けた。政治や宗教の各方面で隠蔽されている非人間的事実が数多く潜在している昨今、今日の新聞にかつての使命感があるのか。(M.Y)
*現代の感覚からすると凄まじまい女性蔑視だが、その延長線に現代の日本がある。からゆきさんには島原、天草などの少女が多く、その背景に中絶が許されないキリシタン信仰があったとする作者の考察に切なくなる。(H.K)
*明治以降の地元新聞を調べ尽くし、地元に出向き聴き取って描いたのが「からゆきさん」。森崎和江さんがいかに真実を知ることに貪欲であったか。真実を理解するためのエネルギーを惜しむなと。(N.N)
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466/xx/07/22/『田園発 港行き自転車』上巻/宮本 輝/中島久代/コロナ休会
・コロナ禍は終息に向かっていると錯覚していました、7月中旬からの感染急拡大に、残念ながら夜の宴を取りやめました。日常が戻るまで根気比べかと。さて、脇田千春の故郷礼賛の退職スピーチに始まった上巻は、下巻で、夏目佑樹が子どもの頃に賀川真帆に宛てたファンレターという運命的な接点がどのように決着するかを軸に、登場人物たちのそれぞれの今が、全員を脇田千春が礼賛した場所へ、彼女の家へと集合させる、ちょっと驚きの大円団でした。人は生きてゆくために原風景を持つ。私の原風景はもちろん、、、、。(H.N.)
・上巻全部を費やして舞台となる自然を描き、下巻では、その自然に包まれた人々の優しさを細やかに描くという、何とも贅沢な作品であった。タイトルには、いささか奇を衒った不自然さを感じましたが・・・。(M. Y.)
・上巻で謎だった人間関係が、凛とした京都の人々、屈託のない富山の人々、それぞれの思いが自然と富山に向かわせ、そして見事に融和した下巻でした。人は生まれて死ぬ間に、どれほどの縁とか運命とかで一喜一憂するのか、それをゆっくりと俯瞰して見ることができたように思います。(H.K.)
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465/xx/06/22/『田園発 港行き自転車』上巻/宮本 輝中島久代/コロナ休会
・入善漁港、黒部川扇状地、愛本橋という典型的な日本の自然豊かな風景と、彼の地の表象としてのゴッホの『星月夜』という意外な組み合わせ。しかし、これを軸に、賀川直樹と夏目海歩子の秘められた繋がり、父の死の真相を探す賀川真帆と寺尾多美子のサイクリング旅、本心に辿り着くための日吉京介の徒歩の旅、夏目佑樹と脇田千春は人としての美しさでお互いを高め合い、幾つもの幾つもの人の営みが生まれ、交差する。『ドナウの旅人』や『錦繍』で堪能した宮本輝の熟練の物語構成に、圧倒され魅了されて上巻を読み終えました。(H. N.)
・「入善漁港、釣り人が陣取る岸壁、その横の黒部川の河口、河口で羽を休める海猫やカモメ。目前に拡がる海。みんな語りかけている。にぎやかに歌っている。どれもこれも心があるのだ。私は、その心がどこから生まれたのかを知ったのだ。」と千春が思う場面があるが、渦巻く夜空と連なる山々と麓に眠る家々、ゴッホの「星月夜」には人の姿は見えない。悠久のドナウ川であれ、今回舞台となった白山連峰の麓であれ、そこに点描される人々の描写は不思議と静かである。それが人生だと作者は教えているか。 (M. Y.)
・北アルプスの涼しげな風景を想像しながら気分良く読めました。核となる夏目佑樹をはじめ登場人物が清々しく、読後の清涼感を感じさせてくれました。様々な地域や立場で生活する登場人物たちが、皆なんらかの形で祐樹や千春たちに関わり、最後に滑川市に集結するのが微笑ましかったです。宮本輝は地域や人の魅力を描くのが上手いですね、旅行したような得した気分です。(N. N.)
・本書は日本海側の旅。福岡も日本海側だけれど、海に迫る立山連峰のような高山は福岡になく、その風景の違いを楽しみながら読んでいます。(H. K.)

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464/28/05/22/『戦争は女の顔をしていない』/スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ鮨水魚 /渡邊稔子
 「戦争をしてはいけない」先の大戦から私たちは学びました。一般市民がスマートフォンで撮影した映像、私たちはそこにいる一人一人の人生を想像できているでしょうか? 攻める側も攻められる側も、どちらにも戦争を正当化する理由はない 。制裁よりも、和平への動きを期待したい。関さんの飛び入り参加で、政治談義もありました。(T. W.)
 プーチンはこの本を読んではいないでしょうね。ウクライナを口実に再軍備を堂々と弁じるようになってきた日本の政治家たちも同様でしょうが、これほど同じ事が繰り返されるということは、人間には信頼すべき真善美は何処にも無いのでしょうか。「文学教育」の必要性をあらためて強く感じさせる読後感でした。(M. Y.)
 本来は多種多様な個人が兵士になれば1つのコマに過ぎなくなる。戦後ようやく個人が語られるようになったのに、またしても祖国防衛を主体にして戦争を回避できない人間たちが残念でなりません。(H. K.)
 数えきれないほどの名言に、久しぶりにメモをとりながら読みました。石牟礼道子さんの苦海浄土と重ねた深い感動がありました。家族のために進んで戦地に挑んだ少女たち、その純粋な気持ちが戦争に利用されたとしか思えません。決して美化することのできない戦争の現実に 、憤 りを感じながら読み終えました。(N. N.)
 満州から引き上げ日本にたどり着いた15才の父のリュックに、略奪されずに残ったのは碁石のみ。初めて勤めた大学の中国文学の先生は終戦の年に招集されソ連に抑留、膝の周りは親指と人差し指の輪に収まったと。知覧特攻平和会館で初めて見た、驚くほど小さくあまりにも簡素な実物の特攻機。こういった断片に、戦場に立ち故に疎外された女性たちの歴史が加わりました。淀みない日本語にされた三浦みどりさんに畏敬の念を抱きました。(H. N.)
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463/30/4/22/『透光の樹』/高樹 のぶ子蓮/山中光義
 千桐は束ねた黒髪がきれいな女性でした。それがもはやピンとこない。白髪のきれいな女性を主人公にして欲しいものです。四十路の男女の恋愛が、こうも簡単に情熱的になったり、いつも物悲しさを引きづったりするものなのかと、正直理解しづらいのですが。恋愛と喪失感とが同じ認識で語られた箇所は記憶に残りました。これからは人の耳の形が気になりそうです。 (H. K.)
 主人公二人の性愛の淡々とした描写のみの小説ですが、その背景にある、伝統を抱える家族や白山のふもとという霊的な地域描写、また色彩の表現、全てが折り重なって美しいのです。ここまで二人きりの閉ざされた性愛を美しく表現できるものかと、驚きでした。 (N. N.)
 谷崎潤一郎賞受賞作ですが、作者がいつの日か「陰翳礼讃」を書けるか、と思いながら読みました。還暦を過ぎたKeysメンバーを念頭に置いた作品を作者に頼みましょうか? (M. Y.) 
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462/  /03/22/『ある男』/平野啓一郎中竹尚子コロナ休会 
 戸籍売買の背後には重い事情が隠されており、他人が口出しすることは不謹慎と思いますが、生まれ変わったら全く別のタイプの人生を歩んでみたいという願望はありますね。それは何?(M. Y.)
 過去から今まで、自分の人生にストーリーを描き、責任を重たく感じながら生きてきたようです。人生の分岐点のタイミングで、想定外の生き方、無限の広がりに気づかせてくれました。(N. N.)
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461: /02/22  ディーリア・オーエンズ/友広純訳『ザリガニの鳴くところ』 千葉敦子 コロナ休会
 「最初は、不思議で悲しい話と思っていましたが、途中からどんどん引き込まれて読みました。悲しいDNAの自分たち、痛感します。涙して少しずつ安心感が高まったのに、最後の最後で・・・」(Y. S)
 「父親のDVで家族を失い、社会からの偏見、孤立孤独など身近な社会に溢れている課題です。でも、カイアの逞しさ、豊かな自然、様々な生物たち、この表現、描写は他の作品にはない素晴らしいもので、本当に感動いたしました。」(N. N.)
 「自然の声に耳を傾けた寄り添い生き抜いてきた「湿地の少女」は、野生動物の行動に精通している。傷ついた仲間に襲いかかる七面鳥や偽りの愛のメッセージを送るホタルの行動から「その本能は人間にも組み込まれていて、いつでもその顔になれる」と語る。差別する人間たちが大勢登場する一方で、例えばカイアのプライドを傷つけないやり方でガソリンや日用品を分けて助けてくれた有色人種の夫婦、カイア著の本をとっくに購入しているのに初めて手にするかのごとくカイアから本を受け取った青年テイト。そんな無償の行動は野生と一線を引く人間らしさとして心に残った。」(H. K.)
 「「自然」を象徴するカイアと「文明」の織りなす硬質なサスペンスという印象を受けました。誠の恋人によって真犯人が死後に暗示されること、しかも、その事実は永久に消されるという暗示に、この重いテーマに対する最後の救いを与えられた印象でした。」(M. Y.)
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460/29/01/22/『愛さずにはいられない』/藤田宜永/勝野真紀子/コロナ休会
 ”藤田宜永の自伝的小説、それも痛々しいぐらいに若く不安定な思春期の頃の自分を長々と書き綴った小説。何を訴えたかったのか、この小説を小池真理子さんが藤田宜永氏が亡くなった後に、敢えて文庫で出版した本意をいろいろ探ってみたくなりました。セットで読んでみて、興味深かったです。 (N.N)
 最後の小池真理子の文章がよかった。時代が同じならもっと共感できたかもしれませんが、高田馬場や池袋周辺がよく出てくるのは懐かしく学生時代を思い出しました。自分と家族との関係、人ぞれぞれ、他人には理解されない、それは真実だと思います。(Y.S)
 少し時代はズレますが、同じ時代を生きていたような気持ちにもなりながら読み終えました。私の新年の抱負:昨年に続いて、今年もKeysの本の完読を目指します。 (M.Y)
 読後、先月の小池真理子さんの本をもう一度手に取ってみました。母親への憎悪の念から生涯逃れることができなかった藤田氏ですが、巻末に掲載されている絵、仲睦まじく手を携えふたり穏やかに笑っている姿からは到底想像もつかない。互いの存在を「かたわれ」と呼び合った並の女性ではない小池真理子さんの藤田氏への深い愛を改めて知ることとなりました。(M.K)”
  <小説の動の部分>主人公の破天荒な生活ぶり、当時の学園紛争、バブル前70年代の歌舞伎町、センチメンタルで明るい当時の流行歌
 <小説の静の部分>感情の飢えを癒す読書傾向、未来への圧倒的な不安、母性神話への拭い難い苛立ち
 この両面が物語の進行に従ってクルクルと交代しながら表舞台に登場し、飽きさせない、一人の人間の成長の物語として読めました。破天荒ぶりと未来への不安は、自分の過去を思いださせ、「そうそう」と共感を持てました。学園紛争、バブル、流行歌、本の紹介はこのような昭和の時代を共有してきたという、作者との連帯感のようなものを覚えました。私の時代(よりも少し前になるでしょうが)を代弁するbuildungsromanに思え、心温まる読後でした。(H.N)